東京家庭裁判所八王子支部 平成5年(家)2836号 審判 1994年1月31日
申立人
甲野太郎
主文
東京都昭島市長は、申立人が、平成五年八月一一日にした長男の出生届出に基づき、①「悪魔」の名を長男の戸籍(名欄)に記載し、②長男の身分事項欄の「名未定」との記載(挿入部分)を抹消し、もって、長男の名の受理手続を完成せよ。
理由
一申立人は、主文同旨の審判を求め、申立の理由として、要旨、以下のとおり、述べた。
1 申立人は、平成五年八月二日、昭島市役所に対し、悪魔という名を受理されるかどうか問い合せたところ、受理されるといわれ、同月一一日に長男「悪魔」の出生届出をして受理された(戸籍にも本件名の記載がなされた)。しかるに、昭島市長伊藤彦は、一度受理し記載した「悪魔」の名を法的根拠なく抹消して、不受理の状態を招来させた。かくて、申立人は、同市長より、同年一〇月四日、子の名に不備があるとして、名の届出を追完するよう催告を受け、結局、本件名の戸籍への記載を拒否された。
2 しかし、「悪魔」という名は、戸籍法五〇条に規定する制限内の文字からなっており、子に対し明らかに良い影響を与え、一度聞いたら二度と忘れることのない最高の概念を含むものである。従って、当然、本件受理手続を完成させて、本件名の戸籍面への記載がなされてしかるべきであり、昭島市長が、これを拒否したのは不法である。
3 また、一度受理され戸籍に記載された本件名を法定手続を経ずに抹消することは許されず、その意味でも、昭島市長の本件抹消処分は承服できず、抹消前の記載を復活すべきである。
4 よって、昭島市長のした「本件名の戸籍記載の抹消」の処分は不当であるから、本件名の戸籍への記載(受理手続の完成)を申し立てる。
二昭島市長は、本件申立を却下する審判を求め、その理由として、要旨、以下のとおり、述べた。
1 本件名は、社会通念から見て明らかに不適当であり、また、命名権の濫用にも当たり、戸籍法の趣旨に照らして、使用を許されるべきではない(違法な名として、受理できない)。
2 本件出生子の出生届は受理済みであるが、本件名については、違法として、未受理状態にしているものである(身分事項欄の文末に市長印の押捺がない)。なお、本件名は、一度、戸籍面上記載されたが、単なる誤記として抹消済みである(本件は、戸籍法二四条による「職権訂正」を必要とする事案ではなく、受理の一部撤回がなされ、名の部分が未受理で戸籍の記載がない状態に過ぎない、というべきである)。
3 よって、本件名の戸籍への記載等(受理手続の完成)を求める本件申立は、理由がなく、失当として却下が相当である。
(上記一、二掲記の申立人及び昭島市長の申立理由の要旨は、本件審理の全結果に基づき、その趣旨を認定したものである)
三本件記録及び申立人その他の被審人(三名)に対する審問の結果に基づく当裁判所の認定と判断
1 本件名の届出を受理すべきか否か(本件命名の適法性)
(一) 日本の法令上、子の出生届出に際して、出生子に付ける名前については、戸籍法五〇条一項で、「子の名には、常用平易な文字を用いなければならない。」と規定し、「常用平易な文字の範囲は、命令でこれを定める。」との同条二項の規定を受けて、戸籍法施行規則六〇条が名に用いられる字に一定の制限(いわゆる、常用漢字、人名用漢字、変体仮名を除く平仮名又は片仮名に限定)を付してるだけである。なお、かかる制限をもうけること自体は、直ちには、幸福追及の権利を定めた憲法一三条に違反せず(最高裁判所昭和五八年一〇月一三日決定参照)、また、表現の自由を侵すものとはいえない(東京高裁昭和二六年四月九日決定参照)。
ところで、本件出生子「悪魔」に用いられた「悪」も「魔」もそれ自体は使用を禁じられているものではないところ、出生届出に関する戸籍事務管掌者である市町村長において、はたして、本件の「悪魔」というような熟語としての意味、内容に立ち入り、職権により不受理とすることができるか否か、が問題である。以下、検討する。
(1) 名は、氏と一体となって、個人を表象、特定し、他人と区別ないし識別する機能を有し、本人又は命名権者個人の利益のために存することは勿論であるが、そのためだけに存在するものではない。即ち、名は極めて社会的な働きをしており、公共の福祉にも係わるものである。従って、社会通念に照らして明白に不適当な名や一般の常識から著しく逸脱したと思われる名は、戸籍法上使用を許されない場合があるというべきである。このことは、例えば、極めて珍奇な名や卑猥な名等を想起すれば容易に理解できるところである。
もっとも、ここに社会通念とか一般の常識といっても万人が一致してこれだといえる性質のものではなく、時代や年代、また、個人個人によっても異なるものであり、ある程度の幅があることは当然である。
(2) 上記のとおり、明文上、命名にあっては、「常用平易な文字の使用」との制限しかないが、改名、改氏については、家庭裁判所の許可が必要であり、許可の要件として、「正当な事由」(改名)「やむを得ない事由」(改氏)が求められている(戸籍法一〇七条の二、一〇七条)。そして、一般に、奇異な名や氏等一定の場合には改名、改氏が許可とされるのが例であり、逆に、現在の常識的な名から珍奇ないしは奇異な名への変更は許されないのが実務の取扱である。即ち、戸籍法自体が、命名(改名も命名を含んでいる)において、使用文字だけでなく、名の意味、内容を吟味する場合のあることを予想し、明定している。
もっとも、上記のように珍奇な名が改名許可の対象となるということは、出生子の名(生まれながらの名)には、ときとして珍奇等名として相応しくないものもあるということであり、いいかえると、出生子の命名は比較的自由になされており、改名、改氏ほどの厳格さはないともいい得よう。
(3) 出生子の命名権の本質については、①親権の一部であり、親は自由に子の名を選択し、命名できる、と解する説と、②子自身の固有の権利であるが、子はその権利を行使できないので、親が子のために事務管理的にこれを代位行使するに過ぎない、との説があるが、何れにしても、民法一条三項により、命名権の濫用と見られるようなその行使は許されない。即ち、②説によったときは勿論、①説を取ったとしても、被命名者である子の利益を著しく損なうものとか、子の人格を冒するような名は避けるべく、命名に当たっては、この点に対する配慮が必要である。
(4) 以上のように、命名権の行使は、全く自由であり、一切の行政による関与が許されず、放置を余儀なくされるとするのは相当でなく、その意味で、規制される場合のあることは否定できない。前記のように戸籍法上、出生子の命名については一定の文字の使用を禁ずる以外は、直接の法的規制が存しないことに鑑みれば、親(父母)の命名権は原則として自由に行使でき、従って、市町村長の命名についての審査権も形式的審査の範囲にとどまり、その形式のほか内容にも及び、実質的判断までも許容するものとは解されないが、例外的には、親権(命名権)の濫用に亙るような場合や社会通念上明らかに名として不適当と見られるとき、一般の常識から著しく逸脱しているとき、または、名の持つ本来の機能を著しく損なうような場合には、戸籍事務管掌者(当該市町村長)においてその審査権を発動し、ときには名前の受理を拒否することも許されると解される。その意味では、戸籍法の基本精神に照らして、同法五〇条の「常用平易の文字」の意味を杓子定規に解するのではなく、事案によっては、若干解釈の幅を広げること(類推解釈)もやむを得ないというべきである(因に、外国においては、子の命名について法令等により具体的に例示して、制限しているところがある。「戸籍」四四一号一九頁参照)。
なお、上記の、濫用、社会通念、一般の常識等の概念は、先にも触れたとおり、一義的ではなく、各人により、解釈が分かれることは否めない事実であるから、出生届受付等に際しては、行き過ぎた規制、指導等のないようにすべきであり、その意味では、「命名の自由」に対する慎重且つ十分な配慮が望まれる。
(二) そこで、本件「悪魔」の命名が上記例外の場合に該当するか否かを検討する。
(1) 申立人と妻花子(<日付略>出生)は、ふとしたことで知り合い、生い立ち、身上等を語り合ううちに意気投合し、<日付略>婚姻し、<日付略>に長男が出生した。
(2) 申立人は、都立○○高校を卒業して、ダンプカーの運転手等として会社勤務の後、昭和六三年秋からテレホンクラブを業とする会社に常務取締役として入り、平成三年度の給与支給額が六〇〇万円に達する等仕事は順調であったが、平成五年一〇月に退職した。退職の直接の理由としては、本件命名により引き起こされた事態の推移が気掛かりで、職務に専念できないことがあった。
(3) 申立人は、本件命名の理由につき縷々述べるが、要するに、長男は、この命名により、人に注目され刺激を受けることから、これをバネに向上が図られる、本件命名は、マイナスになるかも知れないが、チャンスになるかも知れない、というものである。
もっとも、申立人が本件命名に及んだ一つの動機として、次の経験(ある種の成功体験)がある。即ち、申立人は結婚披露宴の座席表を作成するに際し、式場職員の注意を聞かず、何人かの出席者の氏名の肩書きに、番長、アイドル、特攻隊長等の交遊上の名称を付けたところ、結果的には友人間の好評を博した。
(4) 妻花子は、初めは悪魔の命名に反対であったが、現在では、申立人の勤労意欲を高める意味もあるとして、本件命名に賛成している。申立人の実母、花子の実父、継母は本件命名に強く反対している。
(5) 結論
申立人の上記命名の意図については理解できない訳ではないが、申立人のいう本件命名に起因する刺激(プレッシャ)をプラスに跳ね返すには、世間通常求められる以上の並々ならぬ気力が必要とされると思われるが、長男にはそれが備わっている保証は何もなく、申立人自身が、上記のとおり本件命名に起因する刺激のために、勤務先を退職していること等よりしても、本件命名が申立人の意図とは逆に、苛めの対象となり、ひいては事件本人の社会不適応を引き起こす可能性も十分ありうるというべきである。
即ち、本件「悪魔」の命名は、本件出生子の立場から見れば、命名権の濫用であって、前記の、例外的に名としてその行使を許されない場合、といわざるを得ない。従って、本件命名につき昭島市長が戸籍管掌者として疑問を呈し、「悪魔」をやめて他の名にすることを示唆(所謂窓口指導)しても、命名者がこれに従わず、あくまでも受理を求めるときには、本件命名は不適法として受理を拒否されてもやむを得ない事案である。
2 本件名の届出及びその受付ないし受理に関する事実経過とその法的評価(受理は完了しているか否か)
(一) 本件申立の発端と申立までの経緯
(1) 上記のとおり、申立人と妻花子の間に、<日付略>長男が出生、申立人は、「悪魔」と命名し、同年八月二日頃、最寄りの昭島市役所戸籍課に本件名の受理の可能性につき電話照会したところ、「人名漢字表」にあるので受理されるとの回答を受け、同月一一日同市役所に「悪魔」と命名された長男の出生届を提出して受け付けられた。そして、このとき、戸籍課係員からは、本件名につき、特に疑問、質問等を受けることもなく、出生届が受理されたこともあって、長男の名が「悪魔」として戸籍上適式に受理、記載がなされ、手続は完了したものと認識し、親戚等周囲にも「悪魔」の命名を報告する等していた。
(2) しかるに、同月一八日頃、申立人が、たまたま、同市役所に他の用事で出向いた際、戸籍課係員より、法務局において「悪魔」という名の届出の受理の許否につき改めて審議されることとなった旨伝えられ、さっそく、法務局八王子支局に理由を尋ねたところ、係の人から、「悪魔」は名とはいえない、との趣旨のことをいわれた。
(3) しかし、申立人は、上記係員等の説明に納得がいかず、その後も、同支局に、早急な受理の要請をすると共に、不受理の根拠を聞いたが、要領を得ず、同年一〇月過ぎに、ようやく、名の届出に不備がある旨の口頭の回答を得た。申立人は、文書による回答を求めたが、法的にそれはできないといわれ、ようやく、八王子支局長の東京法務局長に対する照会及び同局長の法務省民事局長に対する照会の閲覧、閲読を許され(このとき妻花子が記したメモが当裁判所に提出されている)、社会通念、親権の濫用を理由としていることを知った。
(4) そうこうするうち、同年一〇月四日、申立人は、同市役所から、昭島市長名で、出生届の子の名に不備があり、戸籍の記載ができないので、同年一〇月二二日までに、名を追完するようにとの、「追完催告書」と「追完届用紙」の送付を受けると共に、同年一〇月中旬東京法務局八王子支局において、改めて「悪魔」という名の届出は受理できないとの説明を受けたが、本件不受理処分に納得がいかず、同月二〇日、本件申立に至った。
(二) 昭島市長による本件名の届出の受付ないし受理の経過
(1) 上記のとおり、平成五年八月一一日、申立人より、「悪魔」の名がつけられた本件出生届の提出があったが、昭島市長は、出生子の名「悪魔」につき、何ら疑義を示したり、また、再考を促すようなこともなく、同日これをそのまま受け付け、受理した(出生届の、「受理」の欄に「平成五年八月一一日第二三〇八号」の記載がなされている)。
(2) 昭島市役所においては、出生届受理に伴う手続として、通常、受理した翌日、戸籍の該当欄に所要事項をタイプで記載するが、本件出生届出翌日の平成五年八月一二日、戸籍への記載前に戸籍課職員の間で「悪魔」の名の受理につき疑問が出されたことから、戸籍課より、上級監督官庁(戸籍事務は本来国の事務であり、地方自治体のなす戸籍事務はいわゆる機関委任事務である)に当たる法務局八王子支局に対し、「悪魔」の名の受理の許否につき問い合わせたところ、同支局の回答は、受理は問題がないというものであった。かくて、同日、筆頭者太郎(申立人)の戸籍の該当欄に、申立人と妻花子の長男「悪魔」として記載された。もっとも、このときは、事項欄文末の市長印の押捺はしなかった(慣例で、記載の翌日なすこととなっていた。別紙一参照)。
(3) しかるに、翌同月一三日、法務局八王子支局より、事項欄文末の市長印の押捺をしないようにとの趣旨の連絡があったことから、昭島市役所戸籍課では、再度、協議の結果、「悪魔」の名の受理手続の完成を留保、正式に法務局に処理伺いをすることとし、受理手続事務停止の状態となった。そして、昭島市長から、同支局の支局長宛てに、同月一七日付「出生届処理伺い」(文書)により、当該出生届の処理につき指示を求めた。
(4) 上記「伺い」に対する回答として、同年九月二八日、同支局長より、同月二七日付文書で、子の名を「悪魔」としたまま処理することは妥当でなく、届出人に新たな出生子(長男)の名を追完させ、追完に応じるまでの間は、名未定の出生届として取扱うように、との指示が届いた。そこで、即日、同市長は、その指示に従って、①本件出生届書中、「その他」欄に、「子の名については、東京法務局八王子支局長の指示により「名未定」とする。」旨の付箋処理、②本件長男の戸籍につき、記載されている出生事項に「名未定」の文字を加入し、また、同戸籍の「名欄」に記載された「悪魔」の文字について、誤記を原因として朱線を施し抹消(別紙二参照)、の各手続を施す(なお、このとき同時に、前記文末の市長印の押捺もなされた)と共に、同年一〇月四日、本件出生届の届出人である申立人に対し、出生子(長男)の名の追完を求める催告書を送付した。
(三) 昭島市長の上記一連の処分の法的評価(本件名の届出は受理済みと見られるか否か)
(1) 昭島市長は、出生それ自体については出生届がなされた日(平成五年八月一一日)に、その受理手続が終了しているが、これとは分離して、名の届については、身分事項欄の文末の市長印の押捺が未了でもあり、未だ受理前(出生届の一部不受理ないし受理処分の一部撤回)の状態であったことから、一度、「悪魔」と記載はされたが、これは、単なる誤記と見て抹消した、との趣旨の見解を開示している。
(2) ところで、一般に、受理とは、市町村長が当該書類を適法なものと判断してこれの受領を認容する行政処分であって、単なる書類受領の事実たる受付の概念と区別する必要があり(青木義人・大森政輔著「全訂戸籍法」一三一頁)、出生届の場合も、受理に際しては、①届書に受付の番号、年月日を記入し(戸籍法施行規則二〇条一項)、次いで、②受付帳に届書等に基づいて、所要事項を記載することとなっている(同規則二一条一項)ところ、遅くとも後者②の段階で受理は完了し(むしろ、多くの場合、関係書類を審査し、届出を適法と認めて受け付けたとき、即ち、前者①の段階で、受理は完了していると見てよいであろう)、その後遅滞なく、受理に伴う手続として、戸籍の記載をしなければならない(同規則二四条)、とされている。
(3) そして、本件出生届と同時に(一体として)なされた名の届出についても、以下の実情と理由から、既に、受理済みというべきである。
(イ) 昭島市役所戸籍課では、平成五年八月一一日、申立人より、本件出生子の出生届の提出を受け、型どおり点検し、本件名も含めて、必要事項の記載がなされていることを確認の上、適法と認めて、上記出生届の「受理」の欄に、受理年月日及び受理番号を打刻し、翌日の同月一二日には、法務局八王子支局の了解を得たうえ、本件名及び出生事項等を、本件出生子の戸籍面該当欄に、記載した。
(ロ) 昭島市長は、明くる日の同月一三日、同支局より、本件名の受理手続を中断するように指示され、前記文末の市長印の押捺を留保したが、戸籍面の記載はそのままの状態にし、結局、本件届出日から約一か月半後の同年九月二八日、本件名の記載を抹消し、同年一〇月四日、ようやく、申立人に、本件名に不備があるとして、追完を催告した。
(ハ) 申立人は、長男出生後<日数略>日目の同月二日に、昭島市の戸籍課から、本件名は法的に問題なく、受理可能との返答を受け、出生届をした同月一一日にも、昭島市戸籍課の窓口において、全く、疑義を挟まれることなく、申立人・花子間の長男「悪魔」として出生届が受理され、申立人としては、本件名についても、受理手続は完了したものと考えて、周囲にも長男を「悪魔」として紹介する等していたところ、約一週間後の同月一八日頃、突然、本件名は受理を留保している、と告げられた。
(ニ) 以上、本件出生届出の受付ないし受理前後の事実経過に鑑みると、本件出生届のうち「悪魔」の名の部分だけ分離して、未受理と見ることは不可能というべく、遅くとも、出生届の受付(受理)がなされた翌日、即ち、本件出生子の名欄に本件名を、また、身分事項欄にも所要事項をタイプライターにより記載した日である、同月一二日には、本件名の届出の受理も終了しているというべきである。上記市長印の未押捺をもって、不受理の徴表ないし証拠とすることはできない。これは受理後の内部の事務手続の一部に過ぎず、出生届をした者(国民)からは窺い知れないことであり、かかる一事をもって、受理、不受理を決定することは到底できない。
(四) 昭島市長の本件抹消及び本件名不記載処分の適否
(1) 戸籍法五〇条、同法施行規則六〇条に違反する制限外の文字を子の名に用いた出生届を誤って受理したときは、届出人に戸籍訂正の申請を促し、追完の催告をすべく、届出人がこれに応じないときは、戸籍にそのまま記載するほかなく、職権により消除したり、別の文字・字体を記載することは許されない(昭和三九・九・九民事甲第三〇一九号民事局長回答、昭和五七・一〇・八民二第六二二一号民事局第二課長回答、加藤令造・岡垣学著「全訂戸籍法逐条解説」三三七頁参照)。
(2) ところで、本件名は、戸籍法に反する違法な名であって、本来、受理を許されないものであるが、既に受理済みであることよりすると、前記制限外の文字の場合と同様、届出人である申立人に戸籍法一一三条に基づく戸籍訂正の申請を促し、申立人がこれに応じないときは、本件戸籍の記載はそのままにするほかないというべく、従って、このような方法を取らず、本件名の戸籍の記載を抹消することは許されない。そうすると、昭島市長がした本件名の抹消処分は明らかに違法で、無効というべきである(なお、名の追完届出が保障されない本件では、戸籍法二四条に基づく職権で訂正・抹消もできないというべきであるが、仮に、かかる方法が考えられるとしても、昭島市長はその手続も経ずに抹消しているのであるから、やはり、抹消は違法、無効である)。
(3) そうすると、本件出生子の名の届出については、受理を了したにもかかわらず、戸籍面上は、本件抹消により、その名の記載がなく、また、それに対応する出生事項欄も名未定との記載が挿入された状態となっている。しかし、何れの処分も不適法というべく、「悪魔」の名の記載を復活すべきである(東京家裁昭和四〇年二月二三日審判、家裁月報一七巻四号七一頁参照)。
3 結論
本件「悪魔」の命名は、命名権の濫用に当たり、戸籍法に違反するところ、本件名の届出を受理する前であれば、本件戸籍管掌者としての昭島市長において、受理を拒否すべき場合といえるが、本件昭島市長は、誤って、本件名を戸籍面に記載する等して、その届出を受理した。従って、当該記載を訂正(抹消)するには、法定の手続(戸籍訂正)をとらねばならないところ、昭島市長は、法定の手続を経ないで、本件名の戸籍の記載を抹消したものであって、これは、違法、無効のものといわざるを得ない。従って、抹消された本件名の記載を復活させ、本件受理に伴う手続を完成させる必要がある。そこで、具体的には、改めて、本件名を戸籍に記載し、且つ、身分事項欄の「名未定」の挿入部分の記載を抹消すべきである。
よって、申立人の本件不服申立は理由があるので、参与員乙沢次郎の意見を聞いた上、主文のとおり審判する。
(家事審判官東條宏)
別紙1、2<省略>